大判例

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前橋地方裁判所 平成4年(行ウ)5号 判決 1995年12月19日

原告

群馬観光開発株式会社

右代表者代表取締役

児玉國敏

右訴訟代理人弁護士

岡崎洋

大橋正春

前田俊房

被告

群馬県知事

小寺弘之

右訴訟代理人弁護士

阿久澤浩

右訴訟復代理人弁護士

丸山和貴

右指定代理人

北爪微福

外二名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告が平成元年八月一一日付けでしたゴルフ場造成事業に関する群馬県大規模土地開発事業の規制等に関する条例第七条に基づく協議に対し、被告が何らの処分もしないことは違法であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、群馬県桐生市菱町黒川外地区において預託金会員制のゴルフ場を開設経営する構想を有していた原告が、平成元年八月一一日、訴外桐生市を経由して、被告に対し、大規模土地開発事業計画協議書(以下「本件協議書」という。)を提出したが、これに対して、被告は右開発事業計画に係る異議の有無並びに異議ある場合の理由の通知をしないのみならず何らの処分もしないでいるとして、右不作為に対する違法確認を求めたものである。

一  争いのない事実

1  群馬県大規模土地開発事業の規制等に関する条例(以下「本件条例」という。)は、次のとおりの規定を設けている。

第七条 開発事業を行おうとする者は、当該開発事業に係る計画(以下「開発事業計画」という。)を作成し、所有権その他土地を利用する権利の取得に係る契約(以下「土地売買等の契約」という。)の締結前に(土地売買等の契約を伴わないものにあっては、あらかじめ)知事に協議しなければならない。ただし、規則で定める開発事業については、この限りではない。

第九条 第七条の規定による協議をしようとする者は、規則で定めるところにより、次の各号に掲げる事項を記載した協議書を知事に提出しなければならない。

(以下省略)

さらに、同施行規則は同条を受けて協議書の提出方法について次のとおりの規定を設けている。

第二三条 条例およびこの規則により知事に提出する書類は、次に掲げるものを除き開発区域を管轄する市町村の長を経由しなければならない。

(以下省略)

2  また、右協議書の受理後の手続に関して、本件条例は次のとおりの規定を設けている。

第一〇条 知事は、第七条の規定による協議があったときは、その協議に係る開発事業計画について、次の各号に掲げる事項を審査し、その協議をした者に対して当該開発事業計画に係る異議の有無を通知するものとする。この場合において、異議があるときは、その理由をあわせて通知するものとする。

(以下省略)

二  争点

1  本件事前協議に対する知事の異議の有無等の通知が、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか否か。

2  平成元年八月一一日、原告が提出したと主張する本件事前協議書を被告が受理したか否か。

三  原告の主張

1  処分性

(一) 本件条例第七条以下に定める事前協議は、もともと知事の指導要綱に定められ、行政指導の範囲にとどまっていたものを、条例、規則に定めることによって法律的に制度化し、大規模開発事業者に対し、条例、規則に定める手続に従った事前協議をなさしめ、かつ、大規模開発事業における個々の許認可権を有する被告による異議の通知をなす権限を与えることによって群馬県内の大規模開発の適正化を図ろうとしたのである。このように、本件条例、規則に定められた事前協議手続は単に行政指導の範囲にとどまらず、大規模土地開発事業に大きな法的影響を与える知事の異議の有無という行政処分を受けるための手続となったものである。

(二) ちなみに、本件事前協議は、その後の大規模開発の承認手続をはじめとする被告の権限である個々の許可認可、さらには都市計画法に定める同意取得のための協議(同法第三二条)等の手続をなすうえで不可欠な手続であり、また、被告担当者や訴外桐生市の担当者もその旨説明して、原告に様々な書面を要求し、かつ、その書面について審査してきたものである。

なお、このことは、原告が都市計画法第三二条に定める「公共施設の管理者の同意等」のために同意を得るための協議申請をしたことに対して訴外桐生市の担当者が申請の受理を拒否したことからも明らかである。

(三) したがって、本件事前協議がなされたか否か(異議の有無の通知があったか否か)は、これらの個々の手続に大きな影響を与えるものであり、知事の異議の通知が出された場合には、当該申請行為は計画の変更を余儀なくされるなど、申請人の法的地位に重大な影響を及ぼすものであるから、単なる行政指導ではなく抗告訴訟の対象になる行政処分と解すべきである。

2  協議書の提出

(一) 原告は、昭和六三年三月五日、本件事業計画推進のため、被告及び訴外桐生市に対し、開発事業構想書を提出し、その事業計画について相談し、開発可能との回答を得た。

さらに、原告は、開発予定地域が山林であることから、昭和六三年四月から五月にかけて、被告の各担当者の意見を聞き、平成元年三月に入ってからは、再度の地元説明会を改めて開くなどして地元と協議を重ね、平成元年八月一一日、訴外桐生市に本件協議書を提出するに至った。ところで、本件条例第九条は協議書を規則で定めるところにより、知事に提出しなければならないと定め、さらに、その提出に当たって同施行規則第二三条は開発区域を所管する市町村の長を経由しなければならないと定めているのであるから、訴外桐生市に提出することによって受付は完了し、本件協議書が訴外桐生市から被告に送付されていないことをもって、本件協議書が受理されていないと主張することはできない。

なお、本件協議書に日付が記載されていないのは、訴外桐生市の窓口担当者の指導に従って未記入としただけである。また、本件協議書の提出と訴外桐生市の「桐生市土地開発事業指導要綱」に定める手続とは別個の手続であるから、被告は、原告が同要綱に基づく土地開発事前協議書を訴外桐生市に提出しなかったことを理由に本件協議書の受理を拒むことは許されないというべきである。

(二) その後、訴外桐生市は、原告に対し、本件協議書が提出されて以来、様々な行政指導を行ってきたが、原告は、その指導に沿って書類の提出と差し替えを行ってきた。

しかるに、平成四年九月九日、訴外桐生市の秋山助役は、当時の原告代表取締役吉岡齊を呼び出し、同人に対し、本件協議書を取り下げるようにとの発言をした。

しかし、この発言に対し、原告は、既に本件事業計画推進のため、多額の準備費用を支出しており、ここに至って本件事業計画を放棄することは莫大な損失を被るものであり、本件協議書を取り下げることはできないと回答した。

(三) 原告は、平成四年九月二五日、訴外桐生市に対し、同月二八日、被告に対し、本件協議書を取り下げることはないので、本件条例に定める手続を速やかに進めるように要望書を提出した。

しかるに、被告は、未だに本件条例に定める手続を進めず、原告に対し、本件事業計画に対する異議の有無を通知しないでいる。

(四) よって、原告は、被告に対し、本件条例に基づく協議に対して何らの処分もしないことが違法であることの確認を求める。

四  被告の反論

1  処分性

(一) 不作為の違法確認訴訟の対象となる処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。

(二) ところで、ゴルフ場の開発を行う場合は、当該開発予定地域の地域区分ないし種類に応じて都市計画法、森林法、農地法等の関係諸法令の定める各種認可等を得る必要があるところ、本件条例の事前協議制度は、これら許認可等に先立って事業者と行政側が協議を行い、もって土地利用の規制に関する右各関係諸法令の一体的運用を図るとともに、県土の保全と秩序ある開発を図るために定められた制度である。

したがって、知事の異議の有無等の通知は、協議を受けた開発事業計画に関し爾後の許認可等の手続上の問題点の有無等の観点から知事の意見を通知し、併せてしかるべき行政上の指導を行う行為に過ぎず、これにより、当該開発が可能になるものではないことは勿論、協議をした事業者の法律上の地位ないし権利関係に何らの消長を来すものではない。

(三) よって、知事の異議の有無等の通知は、都市計画法第二九条の許可あるいは森林法第一〇条の二第二項の許可等と異なり、抗告訴訟の対象となるべき公権力の行使としての行政処分に当たらず、本件訴えは不適法というべきである。

2  協議書の未受理

(一) 原告は、平成元年八月一一日、「大規模土地開発事業計画協議書」と題する被告宛の書面を訴外桐生市建築指導課に持参した。ところが、右書面は記載要件、添付資料等が不十分であったうえ、日付さえも記載されていないものであった。さらに、訴外桐生市には「桐生市土地開発事業指導要綱」が存し、同市は、本件条例による事前協議書提出と同時に、同市の要請に基づく事前協議書を提出させる扱いをとっているところ、原告は、右協議書を持参しなかった。そこで、訴外桐生市の担当吏員は前記原告持参の書面を受け付けなかったものである。

なお、このことは、原告が平成元年一〇月初め頃、群馬県企画部土地対策課に事前協議書の原稿を初めて持参して相談をしていること、平成四年三月頃に至ってさえも、再び事前協議書の原稿を同課に持参して相談をしていること等からも明らかである。

(二) したがって、原告主張の書面について訴外桐生市による前記手続上の受付はされておらず、当然のことながら被告に対する右書面の送付もされていない。

そうすると、本件において、被告は事前協議書を受理していないのであるから、本件条例第一〇条所定の異議の有無等の通知という作為に出る段階に至っていないというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  処分性

1  抗告訴訟の対象となる行政処分は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、行政庁が公権力の行使としてする行為であって、その行為により、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確認することが法律上認められているものをいう。

ところで、行政過程が一連の行政活動を積み重ねて具体化されていく場合には、一連の過程の最終段階で国民の法的利益への影響が具体化、顕在化するのが通常であるから、行政過程の中途の行為は、原則として、国民の法的利益への直接の影響を欠くものとして、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないものとされているが、一連の中途の行為であっても、右行為自体に具体的な法律効果を付与する規定が存在するとか不服申立手続の規定が存在するなど、法令が明らかにこれを行政処分と構成している場合には、右の行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解される。

2  そこで、これを本件についてみるのに、前記のとおり、本件条例第七条は、「開発事業を行おうとする者は、当該開発事業に係る計画(以下「開発事業計画」という。)を作成し、所有権その他土地を利用する権利の取得に係る契約(以下「土地売買等の契約」という。)の締結前に(土地売買等の契約を伴わないものにあっては、あらかじめ)知事に協議しなければならない。」と規定しており、この文言からすれば、右の規定は、一見、事業者に対し、事前協議の義務を課すものであるかのようにもみられないことはない。

しかしながら、証拠(証人西澤正美)によれば、右規定の趣旨は、事業者の有する開発事業計画について事前協議を経ることによって、知事が事業者に対し、県土の保全と秩序ある開発という本件条例の趣旨に沿った行政指導を行うことができ、これによってその後の森林法上の許可や都市計画法上の許可等の行政手続を円滑に行うことができること、一方、事業者は、右の行政指導等によって事後の計画変更の可能性を低くし手続を円滑に進められ、仮に計画が無理な場合は多額の資金を投下する前に撤退することができるという利益を得ることができることから、森林法や都市計画法等の許可申請手続の前段階で調整を図ることを目的としたものであることが認められる(なお、この点についての事業者の利益は、何らかの法律上の利益が保障されるものではないから、事実上の利益に過ぎない。)。また、本件条例には、右規定に従わない場合の罰則規定が存在しないうえ(この点は本件条例第一四条又は第一八条一項の規定に違反して承認を受けないで開発事業を行った者に対しては罰則規定が設けられていることと比較しても明らかな相違が認められる。)、右協議の申出に対する知事の対応によって申請者の何らかの権利、義務に消長を来すような規定も一切設けられていない。

そうすると、知事の異議の有無等の通知は、協議を受けた開発事業計画に関し、爾後の許認可等についての手続上の問題点の有無等の観点から、知事の意見を通知し、併せてしかるべき行政上の指導を行う行為に過ぎないものであり、これにより、当該開発が可能になるものではないことは勿論、協議をした事業者の法律上の地位ないし権利関係に何らの消長を来すものではないというべきである。

したがって、事業者は、事前協議を経ていないことによって爾後の手続が必ずしも円滑に進まないかもしれないという事実上の不利益を覚悟すれば、事前協議を経なくとも爾後の手続に移行することを妨げられるものではないから、かかる一連の手続過程における中途の行為である知事の異議の有無等の通知には抗告訴訟の対象としての処分性を認めることはできない。

右のとおりであるから、本件条例第七条の規定をもって、本件事前協議を行政処分として構成している規定ということはできない。

そして、他に本件事前協議について、その旨の法令上の規定を見出すことはできない。

3  これに対して、原告は、本件事前協議は、その後の大規模開発の承認手続をはじめとする被告の権限である個々の許可認可、さらには都市計画法に定める同意取得のための協議(同法第三二条)等の手続をなすうえで不可欠な手続であり、また、被告担当者や訴外桐生市の担当者もその旨説明してきたと主張する。

そして、確かに、証拠(乙三の三、証人小田部茂、同吉岡齊)によれば、訴外吉岡が都市計画法第三二条の同意申請のため事前協議の開始の申入れのため訴外桐生市を訪れた際、訴外桐生市の担当者が事前協議が進んでいないことを理由にこれを拒否した事実が認められ、その対応に一部不適切な点があったことは否めない(なお、都市計画法第三二条の同意申請の拒否に対して司法的救済を求めることができるかについては本件とは別問題というべきである。)。

しかしながら、被告担当者や訴外桐生市の担当者が、原告に対し、一般的に事前協議を先行してくれるように協力を求めた行為自体は、本件条例が定めた事前協議の趣旨に照らして適切な行政指導であったというべきであるから、右担当者らによる本件条例の事実上の運用によって、本件事前協議が法的に爾後の手続に移行する上で不可欠な手続になるものではない。

4  以上のとおりであるから、本件の知事の異議の有無等の通知は、抗告訴訟の対象となるべき公権力の行使としての行政処分に当たらないというべきである。

二  結論

そうすると、その余の争点について判断するまでもなく原告の本訴請求は不適法というべきであるから却下を免れない。

よって、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官山口忍 裁判官高田健一 裁判官藤原俊二)

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